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国境を越えるテレワーク:海外リモート勤務の法的課題に向き合う

2024.05.04 / COLUMN

国境を越えるテレワーク:海外リモート勤務の法的課題に向き合う

1. はじめに|越境テレワークの増加とその背景

(1)国際的なリモートワークの普及

現代の労働市場では、リモートワークの概念はもはや新しいものではありません。技術の進歩、特にインターネットとデジタルコミュニケーションツールの普及により、世界中の企業が場所にとらわれずに業務を行えるようになっています。この動向は、特にコロナ禍以降に加速し、日本でも多くの個人が在宅勤務のみならず、ワーケーションや越境テレワークを当たり前の選択肢として認識し始め、また、企業もこれらの選択肢の採用を積極的に検討し始めています。

(2)越境テレワークの定義とその特異性

特に、越境テレワークはこのグローバルなリモートワークのトレンドの一環として注目されています。ここでいう「越境テレワーク」とは、企業が自社の海外支店や海外現地法人を通じずに、従業員が自国外で働く形態を指します。具体的には、「日本の仕事を海外で行う」もしくは「海外の仕事を日本で行う」という2つの場合が想定され、従業員が海外に居住しながらも、国内企業の指揮命令の下で、リモートで勤務する状況をいうものです。この点で、従来の「海外転勤」や「海外赴任」とは異なります。

(3)越境テレワークの法的・社会的課題

この働き方は多くのメリットを持つ一方で、法的な課題や社会保障の論点を事前に確認しておく必要があります。従業員が異なる国の法律の下で働くことになるため、ビザの要件、労働法、税法、社会保障制度などが複雑に絡み合います。例えば、どのビザを取得すべきか、どの国の労災保険が適用されるのか、そして健康保険や年金制度への加入はどう管理されるべきか、といった問題で、これらが明確になっていない場合、個人所得税の二重課税や、社会保障の欠如、不法就労などにも発展しかねません。

なお、越境テレワークは国際的な労働市場においてまだ比較的新しいスキームであり、多くの国がこれに対応するための明確な規制やガイドラインを持っていません。したがって、企業はこれらの新しいチャレンジに対応するために、柔軟かつ前向きなアプローチを取る必要があります。なし崩し的に始めるのではなく、対象国の税務・労務コンプライアンスに詳しい専門家と一緒にリスクの所在を明確にし、越境テレワーク実施時の社内規定や従業員と合意しておくべき事項を整理しておく必要があります。外国人比率が高い大企業(日立製作所やKADOKAWA、三菱電機、ルネサスエレクトロニクス等)や積極的に海外展開を目指すスタートアップ企業を中心にすでに広がりつつある越境テレワークを「リスクがあるからやらない」で片付けることは、まわり回って優秀な人材を採用できなくなり、優秀な人材が辞めていくというリスクを誘発する可能性があります。(※1)

本記事では「日本の仕事をインドで行う」を前提とした場合の、以下二つのケースを想定して、これらの課題およびEORを活用することによる影響についてひとつひとつ考察していきます。これらのケースを通じて、越境テレワークがもたらす法的・社会的な影響とその対応策について、具体的に掘り下げていきます。

ケース① : 従来から日本国内で勤務をしていた従業員が、家族の海外赴任への帯同等を理由にインドに居住する場合に、日本国内の企業を退職せずに引き続きリモートで勤務する。

ケース②: 日本国内で勤務していたインド人が何らかの事情によりインドに帰国をすることとなった場合に、帰国後も日本国内の企業を退職せずに引き続きリモートで勤務する。

2. 越境テレワークがもたらす法的・社会的な影響とその対応策

(1)ビザの要件と管理

インド人材(ケース②)の場合はインドのビザは不要なため、ここでは日本国内企業に勤務する日本人従業員がインドでのテレワークを行うことを前提に、ビザの取得について考察します。まず、家族の海外赴任に一般的に取得する帯同ビザは、法的にインド国内での就業が認められないため、このような状況では何らかの形で就労ビザ(Employment Visa)もしくは出張ビザ(Business Visa)の取得が必要となります。しかし、企業がその国に拠点を持たない場合、就労ビザの取得ができません。この解決策として、EOR(Employer of Record)のサービスを活用し、EORが現地での雇用主として機能することで、正規の就労ビザを取得する方法が考えられます。なお、出張ビザを利用する場合には、年間のインド滞在日数が183日を超えると、インド国内での納税義務が発生し、二重課税が生じる可能性があるため注意が必要です(日印租税条約第15条に規定される短期滞在者免除)。(※2)

(2)労災保険の適用範囲と手続き

インドでEORを活用することにより越境テレワークを実施する場合、EORが海外の拠点と見なされない場合は日本国内の企業から指揮命令を受けているため、ケース①およびケース②いずれの場合も基本的には日本で勤務している従業員と同じ扱いを受けます。また、EORが海外の拠点(提携先企業等)と見なされる場合であっても、労災保険の「海外特別加入制度」の対象となり労災保険は適用されるものと思われます(なお、日本国内企業を退職して、現地採用としてインドに転居・帰国する場合は当然に日本の労災保険は対象外となります。)(※3)

(3)雇用保険の継続とその条件

インドでEORを活用することにより越境テレワークを実施する場合、本給が日本国内の企業から支払われている場合には、ケース①およびケース②いずれの場合も原則として雇用保険の被保険者資格は継続されるものと思われます。ただし、本人都合で海外へ転居して越境テレワークを開始する場合には、出張や転勤・出向など会社の命令によるものではないため、被保険者資格が喪失される可能性がある点には注意が必要です。個別の事情や労働局の判断によって見解が分かれる可能性があるため、事前に関連当局に確認することが推奨されます。(なお、日本国内企業を退職して、現地採用としてインドに転居・帰国する場合は当然に雇用保険の対象外となります。)

(4)健康保険・厚生年金保険の対応

インドでEORを活用することにより越境テレワークを実施する場合、日本の企業から本給が支払われている場合、ケース①およびケース②いずれの場合も健康保険と厚生年金の被保険者資格は継続されるものと思われます。しかし、海外で発生した医療費については、現地で健康保険証を使用することはできませんので、いったんは全額自己負担が必要です(もし海外旅行傷害保険等に加入している場合にはその活用を優先するのが一般的)。この場合、ケース①においては後に日本に帰国した際、「海外療養費」として、治療費を請求することができます。この海外療養費の支払いは、日本で受けた同様の治療費を基準にして、海外療養費としての認定を受けた日の為替レートが適用される点にご留意ください。日本国内で保険適用となっていない美容整形やインプラント等の医療行為や薬品の処方については対象外となります。(なお、日本国内企業を退職して、現地採用としてインドに転居する場合は当然に健康保険・厚生年金保険の対象外となり、EORを通じてインド国内で社会保障・福利厚生の提供を受けることとなります。ケース②においては、インド人材による日本の健康保険制度の活用範囲は限定的となるため、この点においてはインド国内側での社会保障・福利厚生を手厚くする前提で設計をすることが望ましいと思われます。)

(5)社会保障協定の活用とその影響

一般的に、社会保障協定は、「保険料の二重負担の解消」と「年金加入期間の通算」を目的としていますが、(海外に拠点を持たない)越境テレワークの場合は通常、社会保障協定の適用証明書(COC : Certificate Of Coverage)が発効できず、社会保障協定の対象外となります(日本とインドとの間にも2016年10月に日印社会保障協定が発効済)。ただし、EORを利用することでEORが海外の拠点(提携先企業等)として見なされるような場合には、社会保障協定の適用対象となる可能性があります。本件についても個別の事情に応じて労働局の判断が必要となるため、個別ケースごとに事前に関連当局に確認することが推奨されます。(※5)

3. さいごに|日本企業が世界で勝つために

越境テレワークは、国際的な労働市場の拡大とともに注目されている働き方ですが、上述のとおり、これを支える法律やガイドラインが未だに不足しているのが現状です。このため、企業や従業員が直面する不確実性を減らし、より安心して越境テレワークを選択できるように、具体的な対応策が求められていました。

現在、多くの国で進められている社会保障や労働法の枠組みは、国境内での雇用を前提としています。しかし、グローバル化の進展とリモートワークの普及により、物理的な場所にとらわれずに働ける環境が整ってきているため、これらの法律もまた、国際的な働き方に対応できるよう進化させる必要があると考えます。具体的には、越境テレワークに特化したビザ要件の明確化、社会保障の適用基準の明確化、国際的な適用基準の設定などが考えられます。

Employer of Record(EOR)の活用は、こうした法的な不確実性の中で、越境テレワークに潜むリスクを大幅に軽減できる有効な手段として現れました。EORを通じて、企業は異国に拠点を持たない状態で、従業員が現地の法律や規制に適合しながら合法的に働くことが可能となります。従業員の給与計算や労務管理・社会保障・福利厚生の提供、対象国における各種コンプライアンス対応、国境を超えたキャリアプランの構築に至るまで、税務・労務を中心とした対象国現地の専門家であるEORに期待されている役割は極めて大きくなっています。従業員が家族の海外赴任に帯同する場合や、インド人従業員が本国に帰国する場合に、彼らが企業を退職することなくリモートで継続して働く道を、安心・安全なスキームとして提供できる価値は計り知れません。

将来を見据え、国際社会全体で越境テレワークを支える法的枠組みと保険制度の整備が進んでいくことでしょう。また、企業内での異文化理解を深めるための研修を充実させ、グローバル人材を育成していくことも不可欠です(日本とインドの文化的適合性についての記事はこちらをご高覧ください)。このような取り組みが進むことで、越境テレワークは、多くの企業と従業員にとって魅力的かつ実行可能な選択肢になることを期待します。EORの誕生により、越境テレワークによって得られる報酬はリスクに勝り、リスクを取る価値がある選択肢になり得る、と多くの企業が認識し始めています。人材不足に直面する企業が優秀な人材の流出を未然に防ぎ、優秀な外国籍人材の起用を進める。企業はグローバル人材の獲得と同時に海外事業を強化し、従業員は生活の質を向上させながらより自由なキャリアを築くことができる新しいロールモデルとなり得ます。これが、グローバルな働き方の未来をカタチづくる重要なステップになり得るのではないでしょうか。

(※1)日立、外国籍社員が母国でリモート勤務 優秀な人材確保

(※2)税制 | インド – アジア – 国・地域別に見る

(※3)労災保険への特別加入|厚生労働省

(※4)海外で急な病気にかかって治療を受けたとき(海外療養費)

(※5)日・インド社会保障協定 申請書一覧(加入免除手続き)

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