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2026.02.17 / COLUMN
「年収800万円って言われたのに、毎月の手取りが思ったより少ないって言われて……」
ある日系企業の採用担当者から、こんな相談を受けたことがあります。インド人エンジニアにオファーを出したら、入社後に「話が違う」と言われてしまったというのです。
実は、これはよくある話です。そして、その原因のほとんどが「CTC」という概念の理解不足にあります。日本の「年収」とインドの「CTC」。この違いを理解せずにインド人材の採用を進めると、せっかくの出会いが不幸な別れに変わってしまうこともあります。
この記事では、インドの給与体系の核心である「CTC」の仕組みを、できるだけ噛み砕いてお伝えしたいと思います。
💡 本記事のポイント
インド人材採用における給与トラブルを防ぐには、日本企業の「年収」とインドの「CTC」が異なる概念であることを理解し、手取り額の試算を提示して合意形成を行う必要があります。
• CTCと手取りの違い:CTC(Cost To Company)は、会社が負担する人件費の総額です。ここには基本給だけでなく、会社負担分のPF(積立基金)や保険料、現物給付が含まれます。従業員の手取り額は、CTCからPF(会社・本人負担分)や所得税を差し引いた金額となるため、CTCの額面よりも大幅に少なくなります。
・CTCの主要な構成要素:基本給(Basic)、住宅手当(HRA)、特別手当、変動給、退職金積立(Gratuity)などで構成されます。
・採用担当者がとるべき対策:会社は、オファーレターにCTC総額だけでなく、月々の手取り試算や控除項目(PF、税金)を明記し、認識のズレを防ぐ必要があります。
CTCは「Cost To Company」の略で、「会社にとっての人件費総額」という意味合いです。
ここで、ちょっと立ち止まってみてください。日本で「年収600万円」と言えば、それは従業員が1年間に受け取る総額を指しますよね。ボーナスを含めた給与の合計です。
しかし、インドのCTCは少し違います。会社が従業員1人のために1年間に支出する、すべてのお金の合計なのです。つまり、従業員が受け取る給与だけでなく、会社が負担する社会保険料や医療保険の掛け金まで、全てひっくるめた数字。そのため、CTCが「₹10,00,000」と書いてあっても、従業員の手取りは大幅に少なくなる可能性があります。
簡単な計算式で表すと以下のようになります:
CTC = 基本給 + 各種手当 +会社負担のPF拠出 + その他現物給与
ここで大事なのは、「会社負担のPF拠出」や「現物給与」は、従業員が毎月の給与として現金を受け取るわけではないということです。例えば、将来のために積み立てられている積立基金PF(Provident Fund)の拠出金額の会社負担分は、従業員が給与として受け取るわけではありませんが、あらかじめCTCの中に含まれているのです。
給与明細を見て驚かないためにインドの給与明細(Salary Slip)を見ると、CTCとの差に戸惑うかもしれません。たとえば、CTC ₹12,00,000(約200万円相当)のエンジニアの場合、以下のようなイメージです:
| 項目 | 年額(概算) |
|---|---|
| CTC(会社総支出) | ₹12,00,000 |
| 会社負担のPF控除 | ▲₹21,600 |
| 従業員負担のPF控除 | ▲₹21,600 |
| 所得税控除 | ▲₹100,000 |
| その他控除 | ▲₹15,000 |
| 実際の手取り | 約₹10,40,000 |
さらに、インド人は年収ではなく、毎月手取りでいくら貰えるのか?をより重視する傾向にあります。したがって、CTCとしての年収金額も大切ですが、月額給与から具体的にどのような控除項目があり、手取り金額は概ねいくらぐらいになるのかの試算が必要となるケースもあります。また、賞与をどのように支給するのかも重要な要素です。
例えば、固定で年間2ヶ月分の賞与を出す場合、毎月の月額給与は年収を14等分して計算をすることになりますが、そうすると年収金額で合意ができていても、月額給与で合意ができない可能性もあります。また、そもそも固定賞与として支給するのか、変動賞与として会社の業績や個人のパフォーマンスによって支給する賞与を変動させるのかの制度設計も重要です。だからこそ、オファーレターには必ずCTC年収の具体的な内訳と合わせて、月額給与や賞与の支給方法についても明記しておくことをお勧めします。

では、CTCを構成する要素を、もう少し詳しく見ていきましょう。
すべての基礎となる給与で、通常CTCの50%程度を占めます。
この「基本給」、実は奥が深い。なぜなら、住宅手当(HRA)、退職金(Gratuity)、社会保障(PF)など、ほぼすべての福利厚生がこの基本給を基準に計算されるからです。企業側は基本給を低く抑えたい(社会保障の負担が減るため)。 従業員側は基本給を高くしたい(将来の給付が増えるから)。この綱引きは、インドの採用交渉でよく見られる光景です。
この点、最新のインド労働法改正において「50%ルール」という賃金の定義があらたに設定されましたので詳しくは弊社関連会社Global Japanが公開しているこちらの記事もあわせてご覧ください。
家賃を支払う従業員に対する非課税手当。デリー、ムンバイ、コルカタ、チェンナイの4大都市(メトロ)では基本給の50%、それ以外の都市では40%が目安です。面白いのは、実際に家賃を払っていて、かつ家賃の領収書を提出できる従業員だけが、税制優遇を受けられるという点。制度設計にリアリティがありますよね。
その他の手当をまとめた項目。企業によっては「フレキシバスケット」と呼ばれる柔軟な福利厚生メニューとして、従業員が食事券や通勤手当、有給旅行手当(LTA)、携帯電話補助などを自由に組み合わせられる仕組みを導入している企業もあるようですが、企業側の事務負担が大幅に増えることから、事業立ち上げ当初はシンプルに残額をすべて特別手当でまとめてしまっているケースも多いと思います。
パフォーマンスに連動するボーナス部分。職種や役職等によってもさまざま、企業によっても考え方はまちまちですが、例えば以下のような相場感で設定をされるケースが見られます。日本のボーナスと似ているようで、計算方法がより細かく、KPIとの連動が明確なのが特徴です。
インド版の確定拠出年金のようなものです。
インド人の場合、会社が標準月額15,000ルピーの12%を拠出し、従業員も同じく12%を拠出。合計24%が退職後のために積み立てられますが、この標準月額は15,000ルピー超に設定することも可能なため、会社によっては個別に標準月額を引き上げて設定することを容認しているケースも見受けられます。
ちなみに、日本人は月額賃金全体にそれぞれ12%がかかるため、PF拠出金はかなり高額となりますが、日本人駐在員の場合は、日印社会保障協定に基づいて日本側の社会保険に加入していることを条件にインド側のPF加入が免除されます(日本側で日本年金機構から適用証明書(COC)を入手する必要あり)。
ここで、平均的なインド人ITエンジニアのCTC年収レベル別に、おおよその相場感をお伝えします。なお、IIT等の有名工科大学のエンジニアの場合は30〜50%程度高くなるイメージです(₹1 = 約1.8円で計算) 。
・固定給中心、変動給は限定的
・月額手取り:₹30,000〜50,000
・研修コストや成長への投資が中心の時期
・変動給が10%程度に増加
・一部スタートアップではストックオプション(ESOP)の付与も
・月額手取り:₹60,000〜120,000
・フレキシバスケットの導入が検討される段階
・変動給が15〜20%に
・ESOPの比率が顕著に(全体の10〜20%)
・月額手取り:₹1,20,000〜2,00,000
・医療保険のアップグレード、家族カバーが標準に

インドの人材市場は、世界でも指折りの激戦区。優秀な人材は、複数のオファーを天秤にかけています。そんな中で、給与の数字だけでなく、福利厚生の質が採用の決め手になることも少なくありません。
インドでは医療費が急速に上昇中。だからこそ、手厚い医療保険は従業員にとって大きな安心材料です。
インド人材のスキルアップを支援する制度。年間₹5,000〜20,000程度が相場。Udemyの講座や、一定のCertificateが発行されるような専門資格取得に使えると喜ばれます。
インド国内、あるいは日本への転勤がある場合、一括₹1,50,000〜3,00,000程度の転勤手当が一般的。
出張は一般的に福利厚生とは言えませんが、インドでは海外出張の有無が福利厚生に近い大きなベネフィットとして認識される傾向にあります。場合によっては賞与の有無以上に喜ばれる可能性さえあるため、給与水準に応じて海外出張や海外研修を戦略的に設計していくことは有益です。

最後に、インド人材の採用を検討されている日系企業の皆さまへ、いくつかのポイントを整理してお伝えしたいと思います。
CTCの合計金額だけでなく、その内訳や賞与の支給方法についても必ず明記しましょう。これだけで、入社後の「話が違う」を防ぐことができます。
PFや個人所得税、プロフェッショナル税など、何がどれだけ引かれるのかを、できれば図表で示すと親切です。
年間₹10,000程度の投資で、従業員の安心と企業への信頼を買えるなら、安いものだと思いませんか?事業立ち上げ当初に決断をすることが難しかったとしても、事業を拡大していく中で、徐々に医療保険を手厚くしていくことは有効です。
フレキシバスケットの導入や、リモートワークやフレックス勤務等の選択肢など、従業員が自分の働き方をカスタマイズできる余地を残しておくと、特に若い世代や子育て中の女性に響きます。
退職金(Gratuity)は5年以上の勤続で発生します。つまり、「長く一緒に働きたい」というメッセージを制度で示せるということ。ESOP (Employee Stock Ownership Plan)やキャリア開発支援、日本本社への転勤可能性なども含めて、長期的なコミットメントや「ジャパン・ドリーム」の可能性を伝えることも大切です。
インドと日本は、地理的にも、文化的にも、給与制度的にも、いろいろと違いがあります。
でも、根っこのところでは同じなのではないでしょうか。良い仕事がしたい。 正当に評価されたい。 家族を守りたい。 成長したい。CTCという概念や社会保障制度、福利厚生のあり方を理解することは、単なる数字や制度の「翻訳」ではありません。インドで働く人々の価値観や、社会の仕組みを理解する入り口です。この記事が、皆さまのインド人材採用の一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
弊社INDIGITALでは皆さまの会社でインド人材が活躍できるよう、そのための戦略から制度設計、実行支援にいたるまでを一気通貫でご支援しています。ぜひお力になれることがあればご遠慮なくお問い合わせください。