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2021.11.25 / TRENDS
(文責:田中啓介・山本久留美)
インド経済の中でもめざましい成長を見せている航空業界。
IT産業が豊かになって中産階級が増え、飛行機を利用した国内旅行が浸透してきたこともその背景にあります。近々インドの航空業界は世界3位の規模になるとの見通しもあり、各地の空港整備が進む一方で、安い運賃を保っています。その理由の1つが、最新テクノロジーの積極的な導入によるオペレーションの効率化だと考えられます。
今回は、成長を続けるインド航空業界のDX事情の一部をご紹介します。
インドの国内航空市場は世界でもっとも急速に発達していると言われています。
インド国内には2020年時点で400以上の空港や飛行場があり、そのうち153箇所が稼働中です。[i](日本の空港数は2021年4月時点で97箇所)[ii] 2021年度のインド国内便利用者数は1億1,537人にのぼる見込みで、2024年には国内航空券の販売総額で世界3位の規模になると言われています。[iii]
航空業界を語る上で切り離せないのが新型コロナウイルスの影響です。2020年のコロナの流行はインドの航空業界にも深刻な影響を与え、一次は国際便の全面停止にまで追い込まれました。ですが、2021年10月のフェスティバルシーズンには1か月間で約880万人が飛行機を利用するほど客数は戻り始め(2019年のコロナ前の同月利用者数は約1,200万人)、政府も近い将来コロナ前の75%の水準に回復するを期待しています。2021年度は1億1,500万人以上が国内便を、1,000万人以上が国際便を利用する見込みです。[iv]
さらに、インド民間航空省(MoCA : The Ministry of Civil Aviation)は2021年7月に8つの新しい公立の飛行学校を5都市の空港に設けるとし、将来の航空業界の規模拡大に備え、パイロットの育成にも努めています。[v]
インドの航空業界は急成長を遂げており、かつ、航空運賃は世界的に見てもかなり低水準に抑えられています。2017年に実施されたKiwiの100kmあたりの国別航空運賃の比較で、インドは3位にランクインしました。運賃の水準は、2021年現在でも当時から大幅な変動はありません。(※物価の高騰により、多少高くなっています。)
それでは、なぜこの運賃の安さを実現できているのでしょうか。主な理由に、①航空会社のビジネスモデルとデジタル化されたオペレーションと、②インド政府による「UDANスキーム」という2つが考えられます。それでは詳しく見ていきましょう。
インドの航空運賃の安さの理由の1つとして、効率化されたオペレーションと洗練されたセール・アンド・リースバック戦略を利用した航空会社のビジネスモデルが挙げられます。
セール・アンド・リースバックは所有している機体を売却すると同時に売却先からリースする方法で、不動産活用手法としても昔から活用されています。つまり、所有からリースに切り替えるだけなので機体利用を中断させることなく、管理コストが削減できる方法なのです。さらに資金調達が可能となるので、機体売却で得たキャッシュをオペレーションのデジタル化に投資し、効率化と同時に収益を確保することが可能となります。
この手法は都市管理などの振興分野や、建設・医療などにも応用されることで、今後の経済成長に貢献しうる可能性も検討されているようです。
デジタル管理された効率的なオペレーションによるコスト削減も、安い運賃を保つことができている理由の1つです。
たとえば、インドの最も新しい地域航空会社であるFlybig社はLAMINAAR Aviation Infotech社のARMSアプリケーションソフトウェアを採用し、効率的なオペレーションを実現しています。[vi]
ARMSアプリケーションソフトウェアなら、上記をワンストップで管理することが可能です。加えて、Frybig社はより進んだデジタル化・ペーパーレスオペレーションを促進するため、ARMSモビリティスイートも採用しています。
ARMSアプリケーションソフトウェアのような優れた技術を導入することでIT運用にかかる人的コストを削減でき、オペレーションの効率化・相互運用性も高めることができています。
対乗客・対貨物のデジタルオペレーションを促進するのが、ハイデラバードのスタートアップのZestIOTです。[vii]
ZestIOT はIIOT(Industrial Internet Of Things・製造業向けIOT)・コンピュータビジョン・AIを駆使した、飛行機の遅れや手荷物追跡のマネジメントアプリケーションを提供しています。
コンピュータビジョンとAIが空港の乗客フローの向上や列の待ち時間削減に関する示唆を提示してくれるので、人的資源を費やすことなく効率的・生産的なグランドオペレーションが実現できます。
企業向けにコンテナの追跡サービスも提供しており、デジタルマップ上でコンテナの正確な位置を確認できるようになっています。そのため、従来のように貨物が行方不明になってしまう確率を格段に減らすことができ、オペレーションコストを抑えることに成功しています。
インドの航空運賃の安さには、大きく貢献しているのがインド政府のスキーム「UDAN」です。[viii]
「UDAN : Ude Desh Ka Aam Naagarik(An aviation country for common citizen)」は、市民のために航空便を安価にすることを目的とした中央政府のスキームです。2016年10月にモディ首相のもと立ち上がりました。各地域のサービスが行き届いていない空港を航空便で繋ぐことにより、中小規模の都市の経済発展を狙った政策のひとつです。
UDANスキームの対象は200〜800kmの距離をカバーするフライトで、大都市と北東部をつなぐフライトがその多数を占めています。丘陵地帯、遠隔地、島嶼部、安全上の制約がある地域は、観光業促進の観点から、距離の下限にあてはまらない場合もUDAN路線の対象となります。
インドのビジネスメディアBusiness Indiaのレポートで、UDANの指揮を取るインド民間航空省のウシャ・パディー共同秘書は「この計画によって、国内線利用者の5%に相当する690万人以上の乗客が恩恵を受けている」と語っています。[ix]
2019〜2020年度にはUDAに新規参加した路線が120も増えましたが、2020〜2021年度の新規参加路線は77路線と減少し、コロナによる影響が見られます。
UDANは小規模の空港と主要空港を1時間あたり2,500ルピーのフライトで接続するもので、乗客は151〜175kmの距離では1,420ルピー、176〜200kmの距離では1,500ルピー、合計800km以上の距離では最大3,500ルピーの運賃で利用できます。(800kmは大体デリー・ヴァラナシ間相当です。)
UDANに参加する航空会社は、国内線で最低9席・最大40席のUDAN座席を確保しなければなりません。そのうち50%の座席の運賃は上限2,500ルピーで、残りの座席は現在の市場価格に基づいて販売されることが決まりとなっています。
UDANへの参加インセンティブとして、参加空港では機体の駐車料金・着陸料金・機体保管料・ターミナル・ナビゲーション・ランディング・チャージ(TNLC)が無料になります。
さらに、Viability Gap Fundingという社会インフラ整備に充てられる税金が課されるのですが、UDAN参加航空企業は3年間この税金の優遇を受けられます。Viability Gap Fundingの支払い額のうち政府が80%、北東部への就航路線を提供している場合には政府が90%をカバーしてくれます。また、税金の減免など、経済面でのインセンティブが複数用意されています。
インセンティブの甲斐もあってUDAN路線が着実に増えており、乗客は広大なインド国土を安い運賃で飛び回ることができているのです。
ちなみに、前述の航空運賃ランキングで航空運賃の安さ世界No.1に輝いたのはマレーシアでした。マレーシアの航空券が安いことは有名で、海外発券の国としても人気です。
マレーシアでは東南アジア最大の格安航空会社であるAir Asiaのプレゼンスが大きく、同社は過去に渡ってLCC発着可能な空港の増設や空港税の引き下げなどを政府に交渉し続けてきました。Air Asiaのような格安航空会社の存在や航空規制緩和、物価自体の低さも航空運賃に影響を及ぼしていますが、価格の低さをマーケティング戦略として活用している部分が大きいとの見方もあります。コロナ禍のパンデミックを経て、これから航空運賃がどう推移していくのかが注目されます。
続いて、インド航空業界を支えるシステムやソリューションを提供するIT企業を3社紹介します。
企業名 :Laminaar Aviation Pvt Ltd
本拠地 :ムンバイ
創業年 :1993年
CEO :Vivek Sheorey
年々増加する航空業界の効率化やトランスフォーメーションへのニーズに対するソリューションを持つのがLAMINAAR Aviation Infotechです。上記のFrybig社の事例で取り上げたように、航空オペレーションをクラウド上で一括管理できる、柔軟性や拡張性の高いプラットフォームを複数提供しています。
乗組員の記録や疲労管理、データマネジメントや分析まで、フライト業務の大半の工程をペーパーレスで管理でき、航空業界の効率化に大きく貢献している存在だと言えます。
企業名 :Pravahya Consulting Pvt Ltd
本拠地 :ベンガルール
創業年 :2015年
CEO :Prem Kumar
「Eflight」はクラウドベースのパイロット向けフライトプランニングサービスを提供する企業です。
もともと航空管制官だったPrem氏は、プライベートジェットのパイロットの業務量の多さを改善するため、Eflightを開発しました。
ざっと挙げただけでも、プライベートジェットのパイロットは上記をアレンジしなければなりません。これをWebアプリ上で一元管理できるのがEflightです。
今まではHoneywellなどの大企業がグローバルフライトプランを提供していましたが、Eflightはインド限定のフライトプランを提供することで、価格を安価にすることにも成功しました。
Efightは全プロセスをデジタル化し、旅程や許可取得のリマインダーを送信します。さらに、インド国内の全空港を対象に天候の評価、飛行ルートの生成、フライトプランの提出をオンラインで行うため、飛行計画のプロセスの簡素化・自動化が可能です。
若手パイロットのトレーニングにもEflightアプリが積極的に利用されています。
企業名 :GrandTrust Infotech Private Limited
本拠地 :チェンナイ
創業年 :2013年
CEO :Josemone K K
「G aero」はコストマネジメントのためのソリューションを提供しており、インド・イギリス・ドバイ・マレーシアの航空会社で導入実績を重ねています。
請求書を照合して実際の振込額との差異の分析や、支出超過の特定・報告・責任の所在の明確化、コスト抑制の効果の監視・測定まで行ってくれます。コストパフォーマンス改善のための代替案の提示や効果的な契約交渉のための契約実績データの利用、フライトレベルのコストと利益の配分なども可能です。
安い運賃から最大限の利益を出さなければならないインドの航空会社にとって、G aeroのコストマネジメントソリューションは必要不可欠な存在だと言えます。
インドの航空業界では空・地上ともに、DXがかなり進んでいます。
コロナによって空港には検温パネルが設置されるようになり、自動ゲートの導入も進みました。
現在はグランドスタッフの目視で確認しているコロナの陰性証明書ですが、自動でチケット情報と紐づける仕組みも一部で導入され始めています。手荷物や各ポイントでの待ち時間をリアルタイムでアップデートするシステムや、飛行クラスに応じた高度なパーソナライゼーションが導入されていくことが予想されます。
一方で、サービスの行き届いていない地方の空港が数多くあり、地方空港ではアナログなオペレーションに頼ってしまっているのも事実です。UDANスキームの拡大に伴って地方空港をただ増やすだけでなく、いかに整備していくのかも、インドの航空業界の今後の課題だと言えそうです。
今回はインドの航空業界のDX事情について紹介しました。
政府の強力なサポートと航空会社の変革への努力、さらにそれを支えるソリューションプロバイダーとの連携・協業によって実現しているのが、世界的にも低水準に抑えられたインドの航空運賃です。
DXによるオペレーションの効率化なしに、インドの航空業界を語ることはできません。今後はサービスの質向上の面からも、さらにDXが進んでいくことが期待されます。
参照元
[i] https://www.ibef.org/industry/indian-aviation.aspx
[ii] https://www.mlit.go.jp/common/001400082.pdf
[iii] https://www.investindia.gov.in/sector/aviation
[iv] https://www.ibef.org/industry/indian-aviation.aspx
[v] https://www.ibef.org/industry/indian-aviation.aspx
[vii] https://www.zestiot.com/industry/#aviation
[vii] https://yourstory.com/companies/zestiot/amp