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2022.02.21 / TRENDS
(文責:田中啓介・山本久留美)
インドは、もともと保険加入率が著しく低い国です。ですが、そんなインドの保険加入状況に変化をもたらしつつあるのが「インシュアテック」の存在です。
テクノロジーによって保険の在り方が変わり始め、現在では労働人口の46%を占めるミレニアル世代(1980〜1995年生まれの世代)に対する積極的なアプローチも始まっています。
今回は、リープフロッグの兆候を見せつつある、日々進化するインドのインシュアテックの2022年の状況を紹介します。
前述の通りインドの保険加入率は3%程度と低く、加入内容は非生命保険の自動車保険がもっとも大きな割合を占めており、生命保険や健康保険に対する意識はそこまで高くなかったと言えます。
それでもインドの保険業界は過去20年にさかのぼって目覚ましい成長を続けており、インドの保険規制開発庁(IRDAI)によると、2021〜2023年は年17%のスピードで市場が成長し、2030年には年間780億ドルの売上規模にまでなるとのことです。
現在はスマートフォンから加入できる保険が増えており、保険料が安い掛け捨ての定期保険が人気を集めています。インドの保険業界成長の追い風となっている要因の1つに、政府の規制緩和が挙げられます。
2017年4月、IRDAIがオンライン保険販売代理店に対する規制を緩和 (i) したことで、より幅広いラインナップの保険商品にインターネットから加入できるようになりました。また、それまでは年間保険料の支払い最大額が5万ルピーまでと定められていましたが、上限が15万ルピーに引き上げられ、さらにオンラインの保険販売による収益が認められたことから、保険セクターでの自由競争が活発になりました。その結果、さまざまなスタートアップが保険業界に参入し始めました。
インシュアテックとは「Insurance(保険)」と「Technology(テクノロジー)」から成る造語で、テクノロジーを駆使した保険商品の開発やイノベーションを意味しています。また、「保険分野のFintech」と言い換えられることもあります。
加入プロセスの自動化やAI・機械学習、ビッグデータ分析や分散型台帳技術を駆使することでデータの収集・管理・分析等プロセスを高速で処理し、人件費を削減することで、結果的に保険料の値下げを実現しています。
インシュアテックの例に、「テレマティクス保険」というものがあります。運転行動や走行距離に応じて保険料が瞬時に計算されるため、保険商品の比較検討をよりスムーズに進めることができるものです。さらに、安全運転をする人が恩恵を受ける仕組みも導入され、個人に最適な保険プラン・保険料をその場で提示することができます。
インドの保険市場の顧客はより早く、手間がかからず、透明性の高い保険商品を求め始めています。そのため、インシュアテックによる保険商品の提供が不可欠となりつつあります。
特に、新型コロナウイルス感染拡大の影響は無視できません。コロナによってインド国内の保険加入率が大幅に向上し、さらにその大半のユーザーがオンラインで保険に加入したことがわかっています。保険プラットフォームのInsuranceDekhoでは、第2波が到来する直前の2021年3月に比べ、感染拡大が直撃した同年5月のオンライン保険加入率は70%も上昇したとのことです。(ii)2021年12月〜2022年1月にかけてインドでもオミクロン株による第3波に襲われ、今後もコロナ禍による保険加入率の上昇が続くと予測できます。
また、インド政府もインシュアテックを推進する動きを見せています。
IRDAIは2019年7月に、Insurance Regulatory and Development Authority of India (Regulatory Sandbox) Regulations 2019(インド保険規制開発局2019年版 仮規則)(iii) の通知を出しました。これは、保険におけるイノベーションの促進・実施を推進する制度です。保険商品の販売や契約・クレーム処理などIRDAIが指定する保険関連の分野の革新的な提案を実験する制度で、2021年7月まで延長されました。
今後、このRegulatory Sandboxの成果が世に出てくることでしょう。政府も、インシュアテックに対して大きな期待を寄せていることがわかります。
そして、インドの保険を語る上で無視できないのがミレニアル世代の存在です。彼らがインシュアテックの進化を推し進めている存在と言ってもよいかもしれません。
コロナは、今まで保険に無関心な傾向を示していたミレニアル世代や、その下のZ世代の意識を変えました。その結果、若い世代も保険に加入するようになり始めています。
若い世代は「シンプルで短く理解しやすいポリシー」と「加入手続きの簡便さ」を求め、従来の保険代理店に出向いたり、セールスマンと話したりすることを好みません。つまり、比較検討することなくモバイル上で簡単に選び、手続きをオンラインで完結させられる便利さを重視します。
労働人口の約半数を占めるミレニアル世代の需要を、保険業界は見過ごせません。
実際、インシュアテックを導入し、彼らのニーズにいち早く対応したスタートアップ企業への支持が高まっています。
例えば、インドのフィンテック企業のPhonePeは、送受金アプリ上で加入できる999Rsの保険プランを提供しています。同社のプランは初めて保険に入る若い世代を対象としており、入院やICUの治療、デイケア、救急車、Ayush治療(アーユルヴェーダやヨガなどの伝統治療)の費用を補償します。インド国内7,600の病院で利用でき、補償上限は100万ルピーです。(iv)
さらに、同社は55歳以下・上限補償5万ルピーのプランの場合、たったの156ルピーで提供しています。手軽さ・安価というニーズに的確に応えた結果、PhonePeは保険プランの提供開始5か月で50万件の販売を達成したとのことです。(v)
インシュアテックを駆使するインドのスタートアップ企業を3社紹介します。彼らは、自身で保険商品を持つのではなく、従来の保険会社と提携し、テクノロジーやプラットフォームを提供する形を取っています。従来の保険会社と対立する存在ではなく、共存共栄となっている点にも要注目です。
企業名 :Plum Benefits Private Limited
本拠地 :Bengaluru
創業年 :2019年
CEO :Abishek Poddar
公式HP :https://www.plumhq.com/
従業員やその家族に保険を提供する中小企業を顧客としているPLUMは、日本のベンチャーキャピタルIncubate Fundからも資金調達をしており、急成長しているユニコーン企業として注目を浴びています。
従来の保険会社と提携してゼロから保険スタックを構築しており、従業員が負担する月々の保険額は1ドル程度まで抑えられています。ブローカーや代理店なしで保険の比較検討ができ、コロナへの補償にもいち早く対応しました。Plumはスピードも差別化要因として重視しており、企業が新規で登録する際も1時間内で手続きが完了します。
企業名 :Ensuredit Technologies Private Limited
本拠地 :Bengaluru
創業年 :2019年
CEO :Amit Boni
EnsureditはAIや機械学習に強みをもつインシュアテック企業で、保険会社や代理店、ブローカーを対象にしており、保険販売の最適化サービスを提供しています。保険プラットフォームにAIを組み込み、統合可能なAPIを提供することで、従来の保険会社がオンラインの顧客体験の改善を実現しています。
保険市場からの注目度も高く、2021年にはEnsureditの時価総額は1,000億ドル相当と報じられました。
企業名 :Go Digit General Insurance Limited
本拠地 :Pune
創業年 :2013年
CEO :Vijay Kumar
公式HP :https://www.godigit.com/
Digit Insuranceは、スマートフォン対応の自己点検や音声クレームなど、顧客体験プロセスを簡便化する技術を活用しています。Digitは、保険希望加入者が車の修理キャッシュレスサービスや健康保険、旅行保険など、さまざまな種類の保険からプランの検索や金額の比較ができるプラットフォームです。
ジュエリー保険やモバイル保険などの特殊な保険にもDigit上で加入でき、多様化する需要にきめ細かく対応しています。
同社はデジタル技術を駆使して保険業界を再定義することを志し、今後さまざまな企業とのパートナーシップを拡大することを目指しています。
コロナによって保険への関心が高まったのはグローバルでのトレンドですが、ミレニアル世代の人口比率が高く、インシュアテックの進化を推し進めているのはインドならではかもしれません。インシュアテックにより、保険はより手軽で、安価で、透明性の高いものとなっていくことが予想されます。数年後にはインドの保険は一大マーケットとなり、リープフロッグ現象の代表例になりえることでしょう。
参照元
(ii) https://www.reuters.com/article/india-insurance-coronavirus-idJPKCN2DT0HL
(iii) https://www.irdai.gov.in/ADMINCMS/cms/frmGeneral_NoYearLayout.aspx?page=PageNo3886