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インドがGCC設置拠点やBOTモデル導入拠点として選ばれつづける理由

2024.07.15 / COLUMN

インドがGCC設置拠点やBOTモデル導入拠点として選ばれつづける理由

1. はじめに

最近、日本企業がインドに進出する際に、EOR(Employer of Record)を利用するケースが増えています。特に、その中でもインド国内の優秀なテック人材を採用し、オフショア開発拠点やGCC(グローバル・ケーパビリティ・センター)のパイロットチームを試験的に設置する動きや、EORによるリモート開発拠点としてインド国内にパイロットチームを組成し、BOT(ビルド・オペレート・トランスファー)モデルによる自社開発拠点の立ち上げを行う動きも増えています。

本記事では、こうした動きに注目し、オフショア産業の観点からインド進出の方法論を探ります。さらに、欧米系企業がインドにGCC拠点を設立している背景とその理由を解き明かし、日本企業に対してGCC設置やBOTモデルを見据えたEORの活用方法について解説いたします。

2. EOR(エンプロイヤー・オブ・レコード)とは?

「EOR」とは、Employer Of Record(記録上の雇用主)の略称で、インド国内の給与計算や労務管理を中心としたバックオフィス業務を専門機能として持つ弊社インド現地法人(EOR)が、日本企業の代わりに法的な雇用主となり、インド国内拠点の設立・運営を代行します。日本企業が採用したインド人材を、インド現地法人を設立することなく低コスト・低リスクで管理・運用でき、リモートかつスムーズにGCCやBOTモデルによるオフショア開発拠点の新設をサポートする仕組みです。

3. GCC(グローバルケーパビリティセンター)とは?

「GCC」とは、ITサービスやエンジニアリング、研究開発機能を兼ね備えたチームやその組織のことを指し、国境を超えたグローバルな事業展開をサポートするための戦略拠点です。世界中にフットプリントを持つ優秀なインド人材とチームを作ることで、世界に通用するプロダクトをつくり、世界市場を攻めるための戦略拠点として一定のリーダーシップを持っている点で従来のオフショア開発拠点とは大きく異なります。また、インド現地大学等学術機関やインド国内スタートアップとの研究開発分野における連携を主導するケースも多く、特に欧米系企業は、インドの優れた人材資源と低コストの労働力を活用するためにインド国内は特にバンガロールを中心に数多くのGCCを設置しています。

4. BOT(ビルド・オペレート・トランスファー)モデルとは?

「BOT」とは、クライアント企業が必要な開発人材リソースを確保するために、EORが代わりに採用・雇用を行ってリモートでチームを立ち上げ(ビルド)、クライアント企業のプロダクト開発の運営を一定期間代行し(オペレート)、問題なく運用ができることの確証が得られたタイミングでクライアント企業の自社開発拠点として全メンバーを転籍させる(トランスファー)モデルです。クライアント企業へのヒアリングを通じて、必要な開発スキル・経験等を満たす候補者を募集要項として整理し、どのような人材がいつまでに何人程度必要かに基づき採用計画・運用計画・転籍スケジュールを立てます。

5. なぜインドがGCC設置拠点として選ばれるのか?

インドでは1990年頃から欧米系企業によるコールセンターや開発拠点がインド国内に設置され、2010年頃まで安い人件費でさまざまな業務を外部委託できるアウトソーシングビジネス(BPO)が急速に発展をしました。欧米系企業の間でITや人事、経理などのバックオフィス機能を一手に担うシェアードサービスが普及したのもこの時期です。また、アウトソーシングの対象業務は短期間のうちにバリューチェーンの上流にまで移動していき、研究開発やマーケティング、サプライチェーンマネジメント、リスクマネジメント等の領域にまで広がり、BPO機能が拡充されていく中でGCCとしての役割がますます大きくなってきたという経緯があります。これらの経緯を踏まえて、インドに数多くのGCCが設置された理由3つについて解説します。

(1). コスト効果の高い労働力

欧米系企業にとって、インドは比較的に労働力コストが低いため、多くの企業がコスト削減を目的にインドにGCCを設置しています。毎年の昇給率は平均10%、転職をすれば20〜30%は昇給するのが当たり前の社会で人件費が年々上がってきていることは事実ですが、一部のトップTierを除けば十分な価格競争力を持ち続けています。例えば、アメリカやヨーロッパのエンジニアは一般的に時給50ドルから100ドル程度と言われますが、インド国内の多くのエンジニアはいまだに時給15ドルから30ドルで雇用することができます。なお、日本のエンジニアの時給は2,000〜5,000円程度と言われているため、日本企業にとってはGCCを設置することによるコスト効果はあまり期待できません。

(2). 豊富なIT・エンジニアリング人材

インドが重要なGCC設置拠点になり得たのは何より優秀かつ豊富なテック人材の存在です。インドは優れた教育機関が多く、質の高いIT・エンジニアリング人材が豊富です。インド工科大学(IIT)などのトップクラスの大学から多くの優秀な技術者が輩出されており、これまで欧米系企業が直面した高度人材不足を時としてインドが補完をする形で研究開発が行われたり、ハイテク製品の開発にインド人材が多大な貢献をしたケースは少なくありません。慢性的なIT人材不足や組織のグローバル化が遅れている日本にとって、インドの高度人材をいかに活用できるかは日本企業の今後10年間のグローバル人材戦略の重要な鍵となります。なお、インドでは現在、若者の失業率が問題視されています。ブルームバーグ紙では、国際労働機関ILOの最新の報告書に基づき大学を卒業した人の失業率は29.1%と報道しており(※1)、優秀な人材であっても安定した仕事につけないケースが散見されます。

(3). インフラと技術環境の整備

インドの主要都市には、高度な技術インフラが整備されており、「世界のITハブ」や「インドのシリコンバレー」とも称されるバンガロールやハイデラバード等の都市では、企業がスムーズにGCCを運営するための投資環境が整っています。日本企業の取り組みとしても、スズキ自動車がインド工科大学(IIT)ハイデラバード校とともにGCCの一機能として、2022年にSuzuki Innovation Center(SIC)を設置しました。自動車産業、学術機関、スタートアップ企業間のオープンイノベーションを促進するための技術インフラや起業家支援のためのプラットフォームを運営しており、この取り組みを通じて実際に日系スタートアップ株式会社SkyDriveがインド工科大学と連携をして重量貨物ドローン開発に挑戦をする事例も生まれています(※2)。

6. EORを活用したインド進出のメリット

(1). 現地法人設立不要の利便性

EORを利用することで、現地法人を設立する手間やコスト(現地法人設立には200〜250万円程度のコストがかかり、設立後の運用には年間400〜600万円のコストがかかる)を省き、迅速に市場に参入することが可能です。EORはクライアント企業に代わって従業員を雇用し、クライアント企業が本業の立ち上げに集中できる環境を提供します。

(2). 法的・税務コンプライアンス違反リスクの軽減

EORはその国の複雑な法制度や税制に精通した専門家です。EORを活用することで、企業はコンプライアンス違反リスクを大幅に軽減し、安心してビジネスを展開することができます。また、EORの利用期間をインド進出の準備期間と位置付け、EORの知見を積極活用することで、リスク無くインドの税務・労務等の現場実務の実態を深く理解することができる機会を得ることが可能です。

(3). スピーディなGCC設置やBOTモデルの運用開始

EORを活用することで、短期間でGCCを設置したり、迅速にBOTモデルの運用を開始することができます。EORを通じてスピーディにトライ&エラーを高速回転させること、そして、将来の本格的拠点立ち上げに向けてじっくりと時間をかけて準備ができること、この両方を同時並行で実現できる点が大きなメリットです。

7. 日本企業のEOR活用事例

(1). ファインディ株式会社

EORを活用していち早くインドに参入した日本企業があります。IT/Web系のエンジニアに特化したエンジニアと企業のスカウト型リクルーティングサービスと、エンジニア組織支援SaaS「Findy Team+」を提供するファインディ株式会社です。同社はインド拠点を「世界に飛び出すビジネスハブ」と位置付けて、執行役員CFO河島氏自らが同社初の日本人駐在員としてインドに常駐することでインド進出を実現しました。同社のインタビュー記事についてこちらをご覧ください。

(2). 株式会社Ginco

EORを活用して試験的にリモート開発チームを組成し、その後インドへの本格参入を決めた日本企業もあります。ブロックチェーン技術のプロフェッショナルとして企業のWeb3事業の実現をサポートするスタートアップ企業、株式会社Gincoです。同社はCTO森下氏とインド子会社取締役月井氏が同社初の日本人駐在員としてインドに常駐し、将来的なグローバル向けプロダクトの販売を見据えた多国籍チームの土台づくりをするべくインド進出を決定しました。同社のインタビュー記事についてはこちらをご覧ください。

8. EORを利用したGCC設置やBOTモデル導入ステップ

(1). 初期準備とEOR選定のポイント

初期段階ではGCCやBOTモデルにおいて担う機能の明確化や設置計画等を含む事前準備と、適切なEORパートナーの選定が成功の鍵となります。EORの選定において最も重要なポイントは継続的に安定したサービスを安心して受けられる体制が整っているかどうかです。つまり、インドの雇用実務やインド国内の税務・労務等コンプライアンスに熟知していること、そして、これまで十分な実績があるかどうかです。

(2). 採用・雇用プロセスと労務管理

EORを通じて従業員を採用・雇用し、オンボーディングから規定類の整備、従業員をクライアント企業に転籍させる可能性も見据えて労務管理を行う等、クライアント企業ごとにマイルストーンを設計します。これにより、効果的にGCCの運営やBOTモデルの導入に繋げることが可能です。

(3). 継続的なサポートと転籍

EORは税務・労務等を中心としたリスク管理の専門家集団であり、日本人およびインド人コンサルタントがクライアント企業の経営管理領域における相談窓口として機能をし、安定的かつ継続的にサポートを提供します。これにより、クライアント企業は安心して本業に集中することができ、かつ、現地法人の設立や転籍等の次のステップに向けた準備をじっくり進めることが可能となります。

9. まとめと今後の展望

インドは豊富な人材と低コストの労働力、優れた技術インフラを持ち、オフショア開発拠点だけでなく、GCC設置拠点やBOTモデルの導入拠点として理想的な場所です。特に、AIやWeb3などの最先端技術に精通した人材が多く、欧米系企業での経験を積んだエンジニアも多く存在します。また、インドは世界中に広がる印僑やNRI(在外インド人)のネットワークを持ち、これが世界市場へのリーダーシップとフットプリントを強化する要因となっています。

EORを活用することで、企業は現地法人を設立する手間やコストを省き、迅速かつ効率的に市場に参入し、国際競争力を高めることができます。特に、変化の早いテクノロジー時代において、変化や不確実性に対する耐性が強いインドを味方につけることの意義は大きいと言えます。インドはその人材力と圧倒的ネットワークを活かし、日本企業がグローバルで戦う際の強力パートナーになります。日本企業がEORを通じてインドの優れた人材の潜在力とその可能性を見出し、新たな事業展開やグローバル展開の道筋を切り拓くことができることを期待しています。

参照元

※1:https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-03-29/young-indians-more-likely-to-be-jobless-if-they-re-educated

※2:https://en.skydrive2020.com/archives/11388

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