トピックス
2023.08.14 / COLUMN
グローバル化の波に乗り、技術革新と市場拡大を求める日本企業は、今や国際的な人材戦略を探究しています。特にインドは、ITプロフェッショナル、エンジニア、専門技術者などの豊富な人材プールを持っており、その人材の活用は企業のグローバル競争力を高める鍵であると言えるでしょう。
実態として日本企業の多くが、日本法人と海外在住の海外人材(フリーランスや個人事業主など)個人との間で直接、雇用契約もしくは業務委託契約を締結する形をとっています。しかしながら、この取引形態を続けることは、企業にとってさまざまなリスクが潜んでいます。
海外在住の個人との間でクロスボーダーでの雇用契約や業務委託契約を締結する際には、労務問題や税法上の課題、個人情報保護、知的財産管理、社会保障の有無、中長期キャリアプランの有無など、課題は多岐にわたります。これらの課題は時に、企業の成長を阻害し、長期的な成功への障壁となりうるものです。
ここでEOR(Employer of Record)の活用が注目されています。EORは、企業がこれらのリスクを軽減し、より戦略的にインド人材との円滑な協働を実現する手段となる可能性を秘めています。日本企業が世界とつながり、インド人材とともに成長する道を開く鍵となるのかもしれません。本記事では、EORを活用することでどのように企業リスクを管理し、効率的な人材活用を実現するかを具体的に解説します。
日本企業がインド人材をクロスボーダーで直接雇用する際には、様々な労務問題が発生する可能性があります。その一例として、多くの企業が雇用契約書に準拠法として日本を明記することが一般的ですが、これがインドの労働法と対立する場合があるのです。
インド国内で労働を提供するインド人に対しては、原則としてインドの労働法が適用されるため(強制法規)、日本法に基づく契約がインド法と整合しない場合、法的紛争や労働者との対立が生じる可能性があります。想定される労務コンプライアンス違反や法的解決にかかるコストの増加、企業イメージの損傷などのリスクが発生する可能性があるため注意が必要です。インドの労務コンプライアンスの一例としてこちらの記事もご参照ください。
EOR(Employer of Record)を活用することで、上記のような労務問題のリスクを軽減することが可能です。EORは、雇用契約の法的枠組みを提供し、労働者の権利と企業の責任を適切にバランスさせます。
具体的には、EORがインドの労働法コンプライアンスを担保し、現地の法律に基づく労務管理を実施します。インドの労働法に則った適切な雇用契約を締結し、労務管理を実施することで、法的リスクを最小限に抑え、労働者と企業との間の信頼関係を構築することができます。
また、インド労務・税務の専門家としてのEOR事業者は、給与計算や労務管理、福利厚生、税務対応にいたるまで幅広いバックオフィス業務の管理も一手に引き受けるため、企業は戦略的な人材マネジメントに集中することができます。これにより、企業はインド人材の活用を最大限に高め、ビジネスの成長を促進することが可能となります。
EORの活用は、労務問題のリスク管理だけでなく、効率的かつ効果的な人材活用への道を開く新たな手段となり得るのです。
インドにおける日本企業の業務展開において、PE(恒久的施設)課税リスクの問題は避けて通れない重要な論点となります。PE課税リスクとは、インド国内におけるビジネス活動がPEを形成し、その結果としてインドに対する税務上の責任(=納税義務)が生じることです。詳しくはこちらの記事をご覧いただければと思いますが、ここではインド人材との間にクロスボーダーで雇用契約もしくは業務委託契約を締結する際に特に気をつけるべき代理人PE課税の論点を2つご紹介したいと思います。
1. 「独立代理人(Independent Agent)」かどうか: 起用するインド人材が法的にも実質的にも独立ができているかどうかが重要です。「独立代理人」と見なされるインド人材への業務委託についてはPE課税リスクが極めて低いと言えます。一方で、日本法人側に勤務場所や休日の決定権があるようなケースや、業務に必要なIT関連備品等を買い与えているようなケースにおいては「独立」しているとは言えず、PE課税リスクを誘発します。
2. 「契約の締結にかかる主要な役割(Principal Role)」を担うかどうか: インド人材の業務が日本法人の利益に直接的にどの程度貢献するかどうかも、重要な論点です。バックオフィス業務や市場調査、顧客ニーズの開拓、マーケティング・広報などの業務は日本法人の利益に直接的な貢献をするとは言えず、PE課税リスクは極めて低いと言えます。一方で、インド人材が提供する労働が、顧客企業との価格交渉や契約の締結などを含む主要な役割を担う場合、PE課税のリスクがあるとされます。
EORの活用は、PE課税問題に対する有効な解決策となり得ます。EOR事業者としてインド人材の法的な雇用主となり、日本企業との間での法的関係を明確にすることで、インド税務の専門家としてのEOR事業者であれば、インド国内におけるPE課税実態に合わせたリスク軽減策を提案することができます。
独立代理人問題の解消: インド人材個人との直接契約ではなく、EOR事業者との業務委託契約に切り替え、EOR事業者がインド人材の法的な雇用主になることで、日本法人にとって独立代理人と見なされるリスクおよびPE課税リスクを軽減します。
主要な役割の区分: EOR事業者は、インド人材の業務範囲と役割を明確に区分することでPE課税のリスクを最小限に抑えます。例えば、雇用契約の中で、インド人材が顧客企業との間での販売条件や価格等については一切決定権を持っていないこと等を明記することで代理人PEの創出リスクを軽減します。
EORの導入によって、インド人材との契約構造を最適化し、PE課税のリスクを効果的に管理します。その結果、企業は、法的リスクを気にせずにインド市場でのビジネス展開を進めることが可能となり、より戦略的な人材活用を実現することができるでしょう。
個人情報は企業にとってセンシティブなデータであり、知的財産権は企業にとって価値ある資産です。これらをいかに管理・保護するかが経営戦略の中心的な部分にもなってきています。しかしながら、近年のテクノロジーの進展により、社外に分散してデータが保存されるケースが増え、個人情報や知的財産の保護が困難になってきていることも事実です。特に海外在住のフリーランスや個人事業主との業務委託契約では、以下のようなリスクが発生することが一般的です。
データ漏洩: 社外のデバイスやクラウド上にデータが保存されることで、第三者に対する漏洩のリスクが増加します。
知的財産の持ち逃げ: 労働者が会社で働いている間に作成した知的財産の持ち出しや悪用の可能性。
法的紛争: 個人情報や知的財産権の保護が不十分なために、個人情報の漏洩やライセンス・商標の侵害など、法的な問題が発生する可能性。
これらの問題は企業にとって大きな経済的損失をもたらす可能性があります。
なお、インド国内における個人情報保護については法整備が追いついていなかったこともあり、これまではインド人材の個人情報保護に対する意識は低く、企業側もあまり意識的に対策がなされてきませんでした。しかしながら、2023年8月にインド2023年個人情報保護法案(The Personal Data Protection Bill, 2023)が国会で可決され、近い将来、GDPRに近しい個人情報保護に関する法律が施行される見通しです。つまり、法的紛争を誘発するリスクは今後ますます増加していくものと思われます。
EOR(Employer of Record)の導入は、上記のような個人情報保護や知的財産管理に関連するリスクを効果的に回避・軽減できる可能性があります。
明確な契約関係の構築: インド国内でEOR事業者を通じて労働者との間に明確な雇用契約を結ぶことで、インド国内の適用法令に基づく個人情報や知的財産権の取り扱いや保護に関するルールを明確に定義することが可能になります。また、インド国内のEOR事業者が法的主体になることによるインド人材に対する牽制機能にもなるでしょう。
法的サポートとコンプライアンス対策: EORは法的に紛争が発生した際のサポートも提供します。また、インドの適用法令に合わせたコンプライアンス対策を実施することで、法的リスクを最小化します。
インド法務の専門家であるEOR事業者と協業することで、インド人材との共同業務における知的財産管理の課題を解決し、企業が安心して海外市場での展開を進めるための基盤を築くことができます。これにより、知的財産を戦略的に活用し、ビジネスの競争力を高める道が開かれるでしょう。
インドの労働市場ではフリーランスや個人事業主の数が多く、また、納税やコンプライアンスに関する意識が異なるケースが一般的です。特に納税意識が比較的低い労働者に対して、正しい確定申告が行われていない、あるいは納税が適切に行われていないといった問題が見られることがあります。このような状況が日本企業にとってもリスクとなる理由は以下の通りです:
法的リスク: 企業がコンプライアンス違反のある個人と契約すること自体が、企業の法的責任を問われる可能性があります。
評判の損傷: 間接的に非合法な行為を助長しているとの評価を受ける可能性があり、企業のブランドイメージや信頼性にダメージを与える恐れがあります。
経済的損失: 法的な紛争や罰金などに発展してしまった場合による経済的損失が発生することがあります。
EOR(Employer of Record)の活用は、上記の課題に対する効果的な対応策となり得ます。厳格なオンボーディングプロセス: EOR事業者は、労働者のオンボーディングプロセスを厳格に行い、これまでの納税実績の確認および今後の所得課税や税務申告に関する対応計画についてコミュニケーションをとりながら、労働者との適切かつ健全な関係性を確保します。
納税支援: EOR事業者は労働者に対して納税の支援を提供し、正しい確定申告と納税が行われるようにサポートいたします。これにより、日本企業にとってのリスクを間接的に軽減します。
透明性の確保: EOR事業者を通じて、労働者との契約関係を透明かつ合法的に管理することが可能です。これにより、法的リスクを最小限に抑えると同時に、企業のブランドイメージを保護します。
EORの導入により、インド特有の所得課税の仕組みに対応し、法的な安全を確保しながらビジネス展開を行うための基盤を構築することができます。インド市場における個人所得課税のコンプライアンス問題に対して、EORは効率的で効果的な解決策を提供し、企業の持続可能な成長をサポートします。
インドの労働市場では、社会保障としてのEPF(従業員貯蓄基金)およびEPS(従業員年金制度)が存在します。また、企業によっては福利厚生の一環として民間保険会社の医療保険やその他さまざまなベネフィットを提供しているケースもあります。これらの社会保障・福利厚生が欠如すると、以下のようなリスクと影響が発生します。
従業員の不満と離職: 当然ではありますが、社会保障や福利厚生が不足していると、従業員の不満が高まり、高い離職率につながる可能性があります。
優秀な人材採用の困難: 採用時に提示する給与額がもっとも重要であることは間違いありませんが、給与水準の高い人材ほど、ステータスとしての福利厚生を期待する傾向にあります。競合他社と比較して福利厚生が劣る場合、優秀な人材の採用が困難になる可能性もあります。
なお、日本企業が、海外在住の個人との間でクロスボーダーでの雇用契約や業務委託契約を締結する際には、当該インド人材のキャリアプランまで考えているケースは稀です。しかしながら、日本企業が優秀なインド人材とともに中長期的に成長していくためには、会社の成長ステージやインド人材の人生のステージに応じたキャリアプランの設計・準備が不可欠です。未婚でかつ20代前半の若いうちは社会保障や福利厚生をあまり気にしない傾向にありますが、結婚をして家族ができると社会保障と福利厚生、雇用の安定性(Job Security)は急激に重要になってきます。
EOR(Employer of Record)を利用することで、上記のリスクを効果的に緩和することが可能です。
社会保障の適用: EOR事業者は従業員に対してEPFおよびEPSへの加入を支援することができます。これにより、御社が協働するインド人材の社会保障が適切に提供されるための基盤が整います。
カスタマイズされた福利厚生プラン: EOR事業者は、企業のニーズと従業員の期待に合わせた福利厚生プランを設計することが可能です。これには、医療保険やその他のインド国内で一般的な福利厚生が含まれます。
キャリアプランの提示:EORを活用することで、インド国内在住のインド人材に対してインド国内での社会保障を継続しながら日本への短期出向モデルを提示したり、日本在住インド人が何らかの理由で本国インドに帰国せざるを得なくなった際に引き続きインドから越境テレワークを通じて勤務を継続してもらうといったキャリアプランを提示することもできます。
EORを通じての社会保障・福利厚生・キャリアプランの提供は、従業員の満足度とロイヤルティの向上、企業の競争力強化につながります。特にインドの市場においては、地域特有の労務コンプライアンスや同業他社の給与水準や福利厚生を踏まえた競争力のある待遇パッケージを提案していく必要があるため、EORの活用は、企業が労働者との協働関係を円滑に築く上で重要な役割を果たします。
日本企業がインド人材と協働する際、労務、税務、個人情報保護、知的財産管理、個人所得課税コンプライアンス、社会保障・福利厚生・キャリアプランといった多岐にわたる課題が浮かび上がります。これらの課題は、企業の競争力を継続的に高めていく上で深刻なリスクとなりうるものであり、未対処のままでは事業成長を阻害する要因ともなりえます。
この複雑な状況下で、EOR(Employer of Record)の役割は、ますます重要性を増しています。
インドの労働市場の特性と法的複雑性を考慮すると、EORの活用は、日本企業がインド人材と効果的に協働するための鍵となるでしょう。EORを上手に活用することで、企業はインド市場での競争力を高め、リスクを管理し、長期的な成長と持続可能なビジネスの展開を実現できるものと考えます。