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インドにおけるEOR導入とPE課税:リスクと対策

2023.05.19 / COLUMN

インドにおけるEOR導入とPE課税:リスクと対策

1. はじめに

グローバル化の進展とテクノロジーの発展、そして、新型コロナウイルスに端を発するリモートワークの一般化は、ビジネスや働き方の領域を飛躍的に広げました。今や、企業は地理的な制約を超えて、世界各地でビジネスチャンスを探求することが可能となりました。特に、急速に成長を遂げる新興市場の一つであるインドは、多くの企業が新たな事業展開を検討する魅力的な地域として注目を集めています。

しかし、新たな市場への進出はそれなりのリスクも伴います。特に、異なる税制度や法的環境に対応することは、企業にとって重要な課題となります。この観点から、インドでビジネスを展開する企業にとって重要な要素の一つがPE(恒久的施設)とその課税問題です。

これまでの記事では、EOR(Employer of Record)を活用することによるメリットを中心にご説明してきましたが、この記事では、インドにおけるEOR(Employer of Record)の導入に際して重要な論点であるPE課税について解説します。これにより、インド市場への進出を検討する企業が、PE課税のリスクを正しく理解し、適切な対策・戦略を立てることをご支援いたします。

まずは、PEとその課税が何であるか、その定義と基本原則についてご説明します。そして、インド特有のPEの概念と法的状況について詳しく掘り下げます。次に、PE課税のリスクとその影響について、特にEORの導入を通じて見ていきたいと思います。その後、PE課税のリスクを軽減・排除するための戦略について深掘りし、最後に、これらの課題に対する対策の実例を共有し、インドでの成功事例と教訓を紹介します。

日本企業がインドにおけるビジネスを成功させるためには、PE課税の理解が必要不可欠です。この記事がその一助となることを期待しています。それでは、さっそく見ていきましょう。

2. PE(恒久的施設)とは何か? – グローバルな視点とインドの特性

ここでは、PE(恒久的施設)の基本的な定義とその原則についてご説明いたします。また、インド特有のPEの概念や法的状況も詳しく紹介します。PEがどのような状況で形成され、何がPE形成に影響を及ぼすかについても触れることで、より深い理解が得られるようになれば幸いです。

PE(Permanent Establishment)とは、一般的に「事業を行う一定の場所であって企業がその事業の全部、または一部を行なっている場所」をいいます。PEの有無は、日本企業が海外(例えばインド)で事業を行う際に、その活動から生じる所得に対して進出国(例えばインド)の税務当局が課税権を主張し得るか否かを決定する重要な指標となります。例えば、日本法人がインド国内で事業を行っていても、インド国内にPEがなければその日本法人の事業所得はインドで課税されることはありません。つまり、「PEなければ課税なし(No PE, No Tax)」という考え方が、事業所得課税の国際的なルールとなっています。

経済協力開発機構(以下「OECD」)は、税源浸食と利益移転(いわゆる「BEPS」)を防ぐことを目的に多国間条約(MLI : Multilateral Instrument)を導入しており、多国間においてクロスボーダーで行われる租税回避行為の防止に取り組んでいます。なお、OECDモデル条約においても、各国の租税条約においても、支店PE・サービスPE・代理人PE・建設PEなどが幅広く規定されていますが、PE課税論点におけるインドの特性について理解をしておくべき点として、(1)サービスPEの取り扱いと、(2)代理人PEの定義、の2つがあります。

(1)サービスPEの取り扱い

一般的に、外国法人が従業員等を通じて自社や関連企業のためにインド国内でサービス(技術サービスの対価とみなされるものを除く)を提供する場合、12ヶ月間に90日を超える期間にわたってインド国内で継続的にサービスが提供されている場合、インドでサービスPEを形成する可能性があります。しかしながら、日本とインド間で合意している日印租税条約(DTAA)にはサービスPEにかかる条項が規定されていないため、原則、サービスPEにかかる課税リスクについてはここで考慮する必要はありません。

(2)代理人PEの定義

従来の日印租税条約においては、独立代理人(Independent Agent)(※)ではない外国企業に従属する代理人が、顧客企業からの受注の確定や契約の締結、製品・商品の保管などを日常的に(habitually)行う場合に、代理人PEを形成するものと定義されていました。しかしながら、OECDの多国間条約(MLI : Multilateral Instrument)が、2019年10月からインドにも適用されることとなったため、より広い範囲で代理人PEを定義しているMLIに基づき日印租税条約の一部規定が改訂・読み替えられることとなりました。つまり、従来の受注の確定や契約の締結にとどまらず、「契約の締結に至るまでの交渉等を含む主要な役割(principal role)を担う場合」も追加的に含まれることになり、代理人PEの定義範囲が拡大されているため注意が必要です。

「独立代理人(Independent Agent)」とは、形式的にも実質的にも独立ができている個人のことを指す。業務委託として仕事を受けている個人が、独立できているか、ほぼ専属と見做される状態になっていないかがポイント。

形式的に(法的に)で独立できていない状態の一例

  • ・提供された業務の責任が引き続き会社側にある
  • ・会社側に指揮・命令権がある
  • ・勤務場所や休日の決定権がある

実質的に独立できていない状態の一例

  • ・パソコンやその他必要な備品関係を会社が買い与えている
  • ・当該個人がほぼ専属で業務をおこなっている(過去判例では90%以上)
  • ・業務を自己の責任で完結できない(例:新卒エンジニア)

3. PE課税のリスクとは – 越境テレワークの視点から

このセクションでは、PE課税のリスクとは何か、特にインドでのEOR(Employer of Record)の導入を考える際に理解をしておくべきリスクについて詳しく解説します。越境テレワークによるPEの形成とそれが企業に与える税務上の影響について、実例を交えながらご説明します。

PE課税リスクとは、インド国内におけるビジネス活動がPEを形成し、その結果としてインドに対する税務上の責任(=納税義務)が生じることです。特にインドにおいて、EOR(Employer of Record)の導入を検討する際には、主に(1)支店PEリスク(2)代理人PEリスクの2つの観点から評価をする必要があります。ひとつひとつ見ていきましょう。

(1)支店PE課税リスク

EORを通じてビジネスを展開する際には、支店PE課税リスクを考慮する必要があります。支店PEは、例えば、日本法人がインド国内で恒久的なビジネスの拠点(例えば、オフィス)を持つ場合、あるいは、EOR支援企業があなたの企業のためにそのような拠点を設ける場合に形成されます。

具体的な事例として、日本のコンサルティング企業A社が、インドの市場に参入するために、インドのEOR(Employer of Record)を通じてインド国内顧客企業向けにコンサルタントB氏を雇用し、A社名義でインド国内に中長期契約を前提とするオフィスを設置し、かつ、オフィス勤務を命じたとします。この場合、A社は自社の主力事業であるコンサルティング事業を、B氏を通じてインド国内で提供するために、継続的な事業所(オフィス)を設立したこととなり、この事業所は支店PEを形成します。したがって、B氏が提供する業務によりA社が得たとみなされる利益に対してインド税務当局が課税権を主張してくる可能性があります。これが支店PEリスクです。

(2)代理人PE課税リスク

EORを通じてビジネスを展開する際には、代理人PE課税リスクについても考慮する必要があります。代理人PEは、例えば、日本法人がインド国内でビジネスを展開する際に、インド国内で当該日本法人のために行動する第三者が存在するときに形成される可能性があります。

具体的な事例として、日本の商社A社がインドで新たな市場を開拓するために、インドのEOR(Employer of Record)を通じてインド国内でインド人セールスパーソンB氏を雇用したとします。B氏はA社の代理人として、A社の製品やサービスをインドの顧客に販売する契約にかかる交渉や締結を実行する権限を持つと仮定します。

この場合、B氏はA社の「代理人」となり、B氏がA社の製品やサービスの販売契約にかかる交渉や締結をおこなうことは、A社がインドでビジネス活動を行っていると解釈され(=B氏が代理人PEを形成し)、日本法人であるA社の利益に対してインド税務当局が課税権を主張してくる可能性があります。これが代理人PEリスクです。なお、上述のとおり、起用するセールスパーソンが「独立代理人(Independent Agent)」としての条件を満たすことができる場合にはPE課税リスクはありません。

4. PE課税のリスクを軽減・排除するための戦略

このセクションでは、PE課税のリスクを軽減・排除するための具体的な戦略や手段について説明します。これには、勤務体制や契約内容の精査、業務の組織化、そして適切な税務計画などが含まれます。また、各戦略がどのようにリスクを軽減するか、そのメカニズムについても解説します。

越境テレワークにおけるPE課税を軽減・排除するためには、上述の支店PEおよび代理人PEの観点から「すべきこと」と「すべきでないこと」を理解して、総合的にリスク評価・分析をすることが重要となります。

以下に支店PEおよび代理人PEの観点からの「すべきこと」と「すべきでないこと」の評価基準を箇条書きでご紹介します。

  • ■ 支店PEに関する評価基準の一例
  • ・インド国内の固定的な場所での継続的な勤務を要請すべきではない
  • ・インド国内に特定の事業所がある場合には「要請に応じて」利用できる形にした方がよい
  • ・EOR支援企業のオフィスを間借りするようなケースにおいては日本法人側に自由裁量がないことを証明する裏付けとして電子メール等による依頼形式とし、「従業員アクセスカード」ではなく「ビジターパス」のような形式とした方がよい
  • ・在宅勤務ベースとする場合には、インド国内従業員の自宅の家賃や家具、インターネット利用料などを会社が負担すべきではない
  • ・インド国内で行われる活動は、準備的・補助的なサービスに限定されていればいるほど良い

  • ■ 代理人PEに関する評価基準の一例
  • ・インド国内従業員は日本法人に対してインド国内の市場情報やリード情報、顧客のニーズ等を提供してよく、また、顧客からより多くの問い合わせを得るためのマーケティング・広報活動を行なっても良いが、顧客企業に対して商品やサービスの受注・成約に向けた交渉・契約締結を行うべきではない
  • ・インド国内従業員が見積や販売条件・価格等を決定する権限を持つべきではない
  • ・インド国内従業員は日本法人の利益に直接的に貢献をする業務(アフターサービスの業務やコンサルティング業務など)に従事すべきではない

5. PE課税対策の実例 – インドにおける成功事例と教訓

最後に、PE課税対策の具体的な事例についてご紹介します。インドでのEORを導入した日本企業がPE課税のリスクにどのように対処したか、その成功事例と教訓を共有します。これらの事例を参考に、自社の状況に最適な対策を考えるきっかけ・助けになれば幸いです。

5-1 : 日系スタートアップA社の事例

新卒エンジニア複数名、EORを活用して雇用。EOR導入期間(約5ヶ月間)を準備的・補助的な業務を中心とする研修期間にあて、インドからリモートで作業をしてもらいつつ、同時に日本本社側の外国人受け入れ体制の準備を進めることで、PE課税リスクなく、インド人材のスムーズな受け入れをおこなった。将来的にはインド国内に開発拠点を設立することも見据えている。

A社がPE課税リスクを排除できたポイントは以下のとおりです。

  • ■ 主なポイント
  • ・期間が短期(6ヶ月以内)であること
  • ・業務内容が準備的・補助的なものであること
  • ・インド国内に固定的なオフィスを有さないこと
  • ・従業員に特定の勤務場所への出社要請をしていないこと

5-2 : 日系IT企業B社の事例

プロダクトの開発補助を担うエンジニア複数名、EORを活用して雇用。EOR導入期間(約6〜12ヶ月間)をインド現地法人の設立が正式に社内承認され、実際に設立登記が完了するまでの準備期間にあて、リモートワークを前提としたインド人材との協働を早々にスタート。インドに本格的に進出すべきかどうかの見極めをおこなうためにEORの仕組みを活用した。

B社がPE課税リスクを軽減できたポイントは以下のとおりです。

  • ■ 主なポイント
  • ・期間が比較的短期であること(最大1年程度を想定)
  • ・従業員が提供する業務の本社利益への貢献度が極めて低いこと
  • ・インド国内に顧客企業がおらず、営業活動も実施しないこと
  • ・従業員に特定の勤務場所への出社要請をしていないこと

ここから得られる教訓は、いずれのケースもインド人材の活用やインド市場への進出を見据えた事前準備・トライアルとしてのEORの積極活用です。インドという大国と対峙するにあたり、EORというスキームを活用することで投資リスクを事前に評価しながら、進出を見据えた事前準備プロセスとしてインド市場や法制度の理解を深めていくことができる点が、EOR導入の価値であると感じます。

6. さいごに

これまでのセクションで、PE(恒久的施設)とは何か、PE課税のリスクとその対策、さらには実際の事例と教訓について深く探求してきました。これらの情報を武器に、あなたの企業がインド市場への進出を果敢に進め、同時にPE課税のリスクをうまく管理することができることを願っています。

インドは巨大な機会を秘めた市場です。その一方で、その税制や法制度は他の国とは異なる曖昧さや複雑さを持ち合わせ、インド進出を考える企業にとっては困難な課題となることもあります。しかし、PE課税のリスクについてしっかりと理解をし、その対策を計画することで、安心してインドに進出をすることができます。

このような挑戦には、適切なパートナーを選ぶことがきわめて重要です。EOR支援企業は、税務問題だけでなく、労務やその他各種コンプライアンスに至るまで、日本企業がインドでのビジネスを展開する際のリスク管理領域において学習プロセスを提供し、強力なパートナーになり得ます。弊社INDIGITALは、士業が中心となって立ち上げたEOR支援企業として、インド国内外の法律や規制、税制、実務に精通しており、日本企業がインドで事業を展開していく上での多種多様なリスクを軽減し、効果的にビジネスを展開することをご支援します。共に、新たなチャレンジに挑み、未来を切り開いていきましょう。

以上

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