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インド政府が主導するEコマース市場の変革“ONDC”とは?

2023.08.11 / TRENDS

(文責:橋口悠雅)

インド政府が主導するEコマース市場の変革“ONDC”とは?

1. はじめに

Eコマースは近年、インターネットやスマートフォンの普及により驚異的な成長を遂げています。今となっては、欲しいものは何でもドアtoドアで届くことが当たり前の時代になりました。このままだと、いつかは人生を伴にするパートナーでさえも誰かに届けてもらえる時代が来るかもしれません。そうなれば、私としてはクリスマスを一人で過ごさなくて済むのですが…

冗談はこのくらいにして、本記事では今後のEコマース市場の成長に欠かせないキーワードである、ONDC(Open Network for Digital Commerce)について考察していきたいと思います。

2.  ONDCとは

まず、前提として、インド国内では1200万人以上の人々が商品やサービスの販売・転売によって生計を立てています。しかし、Eコマース取引が可能なのはこれらの販売者の内、わずか1万5000人(全体の0.125%)に過ぎず、これまでは特に地方の販売者にとってオンラインストアでの売買は手の届かない販売方法だったのです。(*2)

そこで、インド政府は2021年12月からONDCプロジェクトをスタートしました。その成長速度は驚異的で、2023年5月時点でインド国内の236都市にも拡大しました。また、2023年7月からはB2BでのONDCプラットフォームも立ち上げており、今後2年間でインド国内におけるEコマースの普及率を現在の8%から25%にまで引き上げることを目標としています。(*3)

では、ONDC(Open Network for Digital Commerce)とは具体的にどのようなものなのでしょうか。簡単に説明すると、「インド政府が主導するデジタルインフラで、オープンソースを前提としたインド国内統合型Eコマースネットワーク」のことを指しています。その主な目的は、プロトコルを公開し、デジタル・コマースを民主化して統合することで、消費者が単一の買い手アプリケーションを通じて複数の売り手から幅広い製品やサービスにアクセスできるようにすることです。

これにより、小規模な小売業者は、デジタルマーケティングに多額の投資をすることなく、より多くの消費者にリーチできるようになります。結果として、このプラットフォームの統合は、小規模な小売業者が、既存のEコマース・プレーヤーと同じ土俵で競争することに役立つと考えられています。

同時に、買い手側にも大きなメリットがあり、従来では一つのプラットフォームだけでしか商品を選択できなかったのが、ONDCを通すことで複数企業の商品・サービスを簡単に比較できるようになります。

このように、ONDCはEコマース取引の普及を促進するだけでなく、地方の商店や個人のビジネス、スタートアップ企業の成長にも新たな可能性をもたらす素晴らしい仕組みです。ONDCの取り組みがより成長することで、多くの人が気軽にインターネット上で商品を売買できるようになり、小規模事業者にとっても新たなビジネスチャンスを発掘する良い機会になります。(*4)

  • キラナ店舗 「小売り店舗で、生活必需品を幅広く提供するインドの商店」

ONDCの紹介Youtube動画

3. これまでのプラットフォームとの違い

私はONDCにおいて最も重要なことは、これまで日の目を浴びなかった小売店やスタートアップ企業が平等に評価され、本当に良い商品・サービスが売れる世界になることだと考えます。これまでのEコマースプラットフォームのモデルが不平等だった、とまでは言いませんが、ONDCによる変化が今後のインドにおけるEコマース市場をより成長させることは期待できます。

では、以下にこれまでのプラットフォームとは異なるONDCの特徴を3つまとめたので、見ていきましょう。

(1)開放性と透明性

1つ目は、マーケットプレイスでの開放性と透明性という点で、以前までのように特定のプラットフォーマーによる閉鎖的な市場ではなくなることが挙げられます。これまでの大手Eコマース企業はプラットフォーム上で販売する商品に一定の制限を設けており、出品者は厳しい審査と条件を満たさなければなりませんでした。

一方、ONDCでは比較的簡単に多くの消費者がアクセスしているマーケットプレイスに売り手として登録することが出来ます。ONDCはインド政府が主導するネットワークであるため、多少の条件は満たす必要がありますが、寡占状態にある大手プラットフォームに比べると、より透明性が高いと思われます。

(2)競争を促進する

2つ目の特徴として以前までのマーケットプレイスに比べて、より公平な競争環境が提供されることが考えられます。これまでのEコマース市場では、大手プラットフォームが自社製品を優先して消費者の目に留まるようにすることが可能でした。

しかし、ONDCでは先ほども述べた通り、政府主導のネットワークであるため、平等な競争環境を促進し、多様な販売者が等しい立場で競い合えるメカニズムを構築することが出来ます。政府のメリットとしては、ONDCの普及が結果的に雇用機会を創出することに繋がり、新しいアイデアや技術進化を促すためのキッカケになることが考えられます。

(3)データアクセス

3つ目は、これまでのように大手Eコマース企業がプラットフォーム上で膨大な量のデータを収集し、それを独自の戦略とビジネス利益のために使用するのが困難になるということです。 ONDC ではデータの使用方法に関して、政府の規制対象になるため、参加企業がONDCのデータにアクセスして使用できる内容が制限される場合があります。

以下のイメージはこれまでの閉鎖的なEコマース市場とONDCにおけるマーケットプレイスの違いを示しており、オープン・プロトコルによって買い手と売り手が使う複数のアプリケーションで情報が共有されていることが分かります。この場合、オープン・プロトコル­=ONDCと認識すれば理解しやすいかもしれません。

*オープン・プロトコル 「コンピューターやインターネットで情報を共有するためのシステム」

ONDCは上記3つのような特徴があり、Eコマース市場全体の成長に直結します。特に小規模な小売業者やスタートアップ企業としては、これまでのように大手プラットフォームにEコマース市場を独占されるというリスクが軽減されます。また、新規の顧客へのアクセスが非常に低いコストで行えるようになり、集客という点で恩恵を受けることが出来るはずです。

逆に、買い手に限って言うと、「一つのプラットフォーム上で多様なカタログの中から商品選択が可能になる」ということがメリットであると考えられます。なぜなら、ONDCネットワークでは複数のアプリケーションが一元管理されているため、買い手はいくつものアカウントやアプリを切り替える作業を必要としないからです。

4. ONDCネットワークECサービス例

ONDCがどのようなシステムであるかイメージ出来たでしょうか。誤って認識しないためには、ONDC自体が商品・サービスを直接取引するためのアプリケーションではなく、様々なEコマースプラットフォームを統合しているオープン・プロトコルであることを理解する必要があります。

では、2023年現在において、どのようなEコマースのサービスがONDCネットワークに参加しているのでしょうか。以下に代表的なアプリケーションを3つまとめたので、見ていきましょう。

(1)Mystore

Mystoreは、ONDCに接続されたマーケットプレイスで、インドの中小企業が製品をオンラインで販売することを支援しています。Mystoreを使用することで、販売者は統合された販売ツールと豊富な機能を備えた管理ダッシュボードを使用することが可能になり、ビジネス活動をより簡単に運営することが出来ます。

(2)GOFRUGAL Technologies

GOFRUGAL Technologiesは、小売事業者に向けたONDCネットワーク販売のためのソリューションを提供しています。この販売者向けアプリでは、顧客がさまざまなチャネルを通じてショッピングできるオムニチャネル販売を実現しており、小売事業者が効率的にオープンネットワークで販売活動を行うことを支援しています。

(3)Paytm

Paytmはインド政府が主導するデジタルインフラUPI(Unified Payments Interface)を活用することでインド国内のキャッシュレス決済とP2P(個人間)送金を可能にするサービスです。同社は、2022年9月にバンガロールでONDCネットワークに参加した最初のプラットフォームであり、現在ではONDCネットワーク上で最も多くの取引量を誇ります。また、インドではデジタル決済のアプリケーションとしても非常に多くの人々に使われています。(*7)

5. ONDCでの注目ポイント

ここまでは、ONDCがどのような仕組みでインドのEコマース市場にイノベーションと成長をもたらすかを述べてきました。少し体系的な話が中心となってしまいましたが、このセクションでは実際に複数のショッピングサイトの紹介を通して、ONDCのメリットについて具体的に掘り下げていきます。

では、具体的な例としてインドのバンガロール市内にある小規模のベビー用品店である「Gm Home Needs」というお店が、ONDCネットワーク参画企業のMystoreに売り手として登録した場合を見てみましょう。

まず、Mystoreに参画企業として自社商品のカタログを掲載するためには、いくつかの簡単なステップを経ることが求められます。その後、登録した商品のカタログはPaytmやWhatsappなど他のアプリケーションを通じてONDCネットワークにも表示される仕組みになっており、結果的に「GM Home Needs」の情報がより広範囲の買い手にアクセスできるようになります。

ここで重要なのは、「~町の果物屋さん」というような本当に小規模の小売店でさえも、商品として質や価格のような様々な条件がそろえばインド国内全域に認知してもらえるということです。

また、メリットとしては認知度の向上や広範囲のアクセスが可能ということだけでなく、無駄な手数料が掛からないという点でもONDCの恩恵を受けることが出来ます。例えば、大手EコマースプラットフォームであるAmazonやFlipkartで商品を出品する際には、一般的に月額39.99ドルのサブスクリプション料金に加えて、6%から25%まで変動する手数料と紹介料が請求されます。さらに、自社の製品を一つの企業だけでなく複数のマーケットプレイスで掲載したい場合には、これ以上の高額な費用が発生してしまい、「~町の果物屋さん」のような小規模の小売店にとっては痛手の出費となることでしょう。

しかし、ONDCが普及すれば、そういった小規模の小売店でも一つのプラットフォームに自社の販売ストアを掲載するだけで、様々なアプリケーションを通して認知してもらい受注することが可能です。

私はこれほどの小規模な小売店でも、ONDCネットワークを使うことで10億人規模の人々にアクセスできるという点に非常に大きな可能性を感じています。(*8)

6. ONDCへの期待

ここまで読まれた方は、既にONDCの潜在的な凄さをご理解いただけたのではと思います。これまでのEコマース業界には無かったモデルとしてONDCがインド国内で成功を収めている現在、その期待値は既に世界を代表するプラットフォーム企業であるGAFAMも注目するほどです。その内の一社である、Microsoft社は、ONDCネットワーク上でショッピングアプリの立ち上げを予定しており、このような大手テクノロジー企業が参入することで、ONDCの信用や認知度が増すと考えられます。(*9)

また、「Ⅱ.ONDCとは」でも述べた通り、2023年7月からB2B向けのONDCプラットフォームもスタートしました。これにより、小売業だけではなく、卸売業でも売り手と買い手のシームレスな取引が可能になります。(*10)

このように、大手プラットフォームの参入やB2BのONDCプロジェクトの開始など様々な変革がもたらされているインドのEコマース分野ですが、2039年までにこの分野の市場規模は4,000億ドル、年平均成長率がおよそ19%にまで成長すると予想されています。世界的にも類を見ない規模で推進するインドのEコーマス市場の変革とその成長可能性に目が離せません。(*11)

7. グローバル展開の可能性

また、インド政府は上述のとおりUPIというモバイル決済統合プロジェクトも主導しており、インドの中央銀行としての役割を担っているインド準備銀行(Reserve Bank of India)が出したデータによると、2022年においてEコマース取引の約73%がUPIを経由しての取引だったことが分かっています。現在では、シンガポールやUAEのような国々も自国のデジタル決済システムとUPIのシステムを連携しており、また、2023年7月には河野太郎デジタル大臣が「UPIへの参画を検討している」という旨を表明したこともあり、オンライン上で国境を越えた即時・低コストな取引がますます拡大していくことが期待されています。

ONDCもUPI同様、デジタル取引において様々なプラットフォームを統合することが方針であるため、将来的には他の国々もUPIと同じようにONDCと自国のサービズを連携させる動きが見られるかもしれません。(*12)

8. まとめ

  ここまでの内容にある通り、ONDCはインド政府の主導で立ち上げられた革新的な取り組みであると言えます。その影響はEコマース市場だけではなく、他の産業にもプラットフォームの統合という形でイノベーションをもたらすでしょう。

 また、「サブカルチャー文化に見られるアニメ・ゲーム」、「歴史的に受け継がれてきた伝統工芸品」など、魅力的で質の高いコンテンツを多く持つ日本企業は、ONDCを活用することによって、インドのEコマース市場で存在感を高められるはずです。

今後、ONDCの取り組みがインド国内でより飛躍的に成功すれば、世界中でEコマース分野がこれまで以上に注目されることでしょう。「長いものには巻かれろ」という、ことわざがあるように、急成長しているインド・ONDCの波に上手く乗ることが、これからのEコマース市場における“成功のカギ”であると私は考えます。

※本記事の参考サイト一覧

(*1) India e-commerce industry sees 31% growth in orders in Q3 2020 – The Statesman

(*2) All About Open Network for Digital Commerce (ondc.org)

(*3) Indian government’s e-commerce network ONDC expands into 236 cities, CEO says – The Economic Times (indiatimes.com)

(*4) How ONDC can be a factor in creating new monopolies in the E-commerce sector (indiatimes.com)

(*5)ONDC will transform the e-commerce landscape in India – YouTube

(*6) About ONDC (mystore.in)

(*7) ONDC Explained: What Is It, Top Buyer And Seller Apps, How To Order Food & Groceries, And More – Forbes India

(*8)アマゾンインドで販売を開始する準備をする-AMZアドバイザー (amzadvisers.com)

(*9) Microsoft joins ONDC network, to launch a shopping app in India | Mint (livemint.com)

(*10) ONDC launches B2B trade on its platform, now merchants can engage with other businesses – The New Indian Express

(*11)  Transforming Indian Digital Commerce: A Closer Look at ONDC | LinkedIn

(*12) Upi: India’s UPI to now work in one more country – Times of India (indiatimes.com)

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