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零細商店「キラナ」に見るインド小売業界のDX事情

2022.10.26 / TRENDS

(文責:田中啓介・山本久留美)

零細商店「キラナ」に見るインド小売業界のDX事情

「インドのコンビニ」とも言われるキラナショップ。キラナショップとは小さな個人経営のお店のことで、田舎にも都市部にも、インド全土あらゆる場所で見られます。アナログで昔ながらの個人商店に見えますが、実はキラナショップにビジネスチャンスを見出す企業も少なくありません。

地域に根付くキラナショップのインフラとしての役割に注目して、キラナショップのデジタル化を図るスタートアップや、ロジスティクスの一部としてキラナショップとの協業を進める大手Eコマース企業が増えてきています。今回はEコマースという側面にも注目しつつ、インドを支えるキラナショップのDX事情についてご紹介します。

1. キラナショップとは?

「キラナショップ」とは、都市部から田舎までインドのどこにでもある小さなショップで、食品や日用品を幅広く取り扱っています。IT企業のビルが立ち並ぶ地域や富裕層の居住地区にもキラナショップは見られます。米や砂糖、豆などを重さ単位で売っていたり、電池やローソクなども取り揃えていたりと、何かと便利なキラナショップは地域の人々の暮らしを支える存在です。

キラナショップは小さく、そして数が多いのが特徴です。2020年時点でインド国内では1,900万店以上の店舗が営業しており、人口1,000人あたり約11店舗が存在します。キラナショップはインドのGDPの10%を占め、狭い店舗にもかかわらず月平均20万〜75万ルピーを売り上げていると言われており、全労働人口の8%が従事しています。

さらに、インドの日用消費財(FMCG)の売上の90%以上がキラナショップ経由と言われており、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、そのシェアはさらに伸びているとのことです。

ですが、キラナショップの1つ1つは非常に小さく、46平方メートル以上の広さの店舗はそのうちわずか4%しかありません。小さくとも地域のインフラとして機能し、経済的なインパクトもあるキラナショップに注目する企業が少なくありません。

家族が何世代にもわたって利用し、得意先には付払いもしてくれ、電話ひとつでデリバリーもしてくれる近所のお店のキラナショップ。アナログな存在と思われがちですが、実は現在さまざまな企業がキラナショップのデジタル化に乗り出しています。

2. キラナショップのデジタル化への課題と現状

キラナショップは、「オンラインでの買い付けの促進」「Eコマースのデリバリーネットワークとしての利用」の大きく2つの面でデジタル化が促進されています。

インドではモバイル端末の普及率が高く、キラナショップのオーナーの間でも前者のキラナショップ向けのオンライン卸サービスは少しずつ利用拡大の傾向にあります。すでに100万店舗以上がオンライン決済の受け入れや、オンラインでの備品発注・在庫管理を行なっています。

ですが、後者の「キラナショップのEコマースへの活用」は決してたやすいものではありません。インドの全キラナショップのうちEコマースが可能なのは、わずか15,000件程度、全店舗の約0.01%程度とのことです。そもそもインドにおけるEコマースの普及率は4.3%で、中国の25%、韓国26%、イギリス23%と他の外国諸国の数値を大きく下回っています。

その一方で70%以上のキラナショップがオンラインシフトを検討しているという調査もあり、キラナショップが伝統的な販売方法にこだわっているというわけではないことがわかります。

Eコマースの売上高の30%以上がAmazonとFlipkartの大手2社が占めています。これら大型プラットフォームに対抗するため、顧客がWebやアプリを通じて注文できるシステムを利用しているキラナショップも増え、前述のようにコロナによる非接触型ショッピングへのニーズを受けてデリバリーへの対応も進んでいます。まだまだ発展途上ではあるものの、これからのキラナショップのデジタル化には期待が寄せられています。

3. 大手Eコマース事業者にとっても魅力的なキラナショップ

上記で大手Eコマース事業者にキラナショップも対抗しようとしていると述べましたが、一方で両者の協業も進んでいます。大手Eコマース事業者にとって、キラナショップのネットワークは非常に魅力的です。

Eコマース外資大手Amazonは「ラストマイル」のデリバリーの担い手としてキラナショップの利用を考え、投資を進めています。また、インド国内大手Flipkartは、2019年にKirana Delivery Programを開始しました。キラナショップの保管スペースの利用可否や、追加の収入源を持つ意思に基づいて、キラナショップをFlipkartの配達パートナーとして支援するプログラムです。2019年度は27,000人のキラナパートナーが登録し、2020年には5万人、2021年には10万人、2022年は20万人と、年々パートナー数が増えています。

インドの財閥であるRelianceグループが展開するJioMartも、すでに6万店舗近くのキラナショップと提携しています。JioMartはキラナショップから消費者に直接販売するシステムを2021年6月からインド30都市で導入しました。当時の目標として2022年4月までに100都市以上のキラナショップの登録を掲げ、インド各地でキラナショップのオーナーとの会話を現在も続けています。JioMartはメッセージングアプリのWhatsapp(Meta傘下)と業務提携もしており、JioMartの番号に“Hi”とメッセージすることで、日用品や食料品をメッセージ感覚で購入することができるようになっています。

Meta社ホームページが報じるJioMartとの連携
Meta社ホームページが報じるJioMartとの連携

4. キラナショップのデジタル化をサポートするスタートアップ5選

キラナショップのデジタル化をサポートするスタートアップを、調達とEコマースの観点から5つ紹介します。

(1)日系VCも注目するBtoB消費財プラットフォーム ShopKirana

出所:ShopKiranaホームページ

企業名                  :ShopKirana E-Trading Private Limited.

創業年                  :2015年

CEO                     :Tanutejas Saraswat

拠点                     :インドール

Webサイト          :https://www.shopkirana.com/

ShopKiranaはBtoBの消費財ビジネススタートアップです。創業者のうち2人がP&Gの出身で、消費財メーカーのサプライチェーンの知識を持ち、さらにキラナショップを経営している親族がいるという背景からShopKiranaの創業に至ったとのことです。

同社はキラナショップのワンストップ調達を支援し、テクノロジーを使った在庫管理、タイムリーな配送などを実現するモバイルアプリを提供しています。

ヒートマップや小売市場の動向、平均注文額など、デジタルで消費者にリーチする際に役に立つインサイトを提供し、キラナショップのオーナーたちのDXを包括的に支えています。

日系ベンチャーキャピタルのIncubate Fundも投資をしており、今後のさらなる成長が期待されるスタートアップです。

(2)消費財のバリューチェーンの整備からフィンテックまで Jumbotail

出所:Jumbotailホームページ

企業名                  :Jumbotail Technologies Private Lmimited.

創業年                  :2015年

CEO                     :Karthik Venkateswaran

拠点                     :ベンガルール

Webサイト          :https://jumbotail.com/

JumbotailはBtoBマーケットプレイスで、ラストマイル配送を可能にするサプライチェーンネットワークや倉庫を提供しています。インドの人気デリバリーアプリであるDunzoやSwiggyとインテグレーションし、ネットワーク化されていないキラナショップが地域内でビジネスを拡大できるよう支援しています。

また、キラナショップでは在庫管理が難しく、たびたび商品の質の低さを指摘されます。商品の質の向上に取り組むためJumbotailは独自ブランドの商品ラインナップも取り扱っており、さらに一年を通して安定した在庫の供給を実現しています。

(3)都市部のキラナショップのEコマース化を実現 SnapBizz

出所:SnapBizzホームページ

企業名                  :SnapBizz Cloudtech Private Limited.

創業年                  :2013年

CEO                     :Prem Kumar

拠点                     :ベンガルール

Webサイト          :https://snapbizz.com/

SnapBizzは、プネ、デリー、ハイデラバード、ムンバイ、ベンガルール、チェンナイなどの大都市に存在する、組織化されていないキラナショップを対象とし、Eコマースの構築やサプライチェーンの管理支援を行なっています。

小型店舗に特化したクラウドベースのPOS(販売時点情報管理システム)も取り扱っており、SnapBizzのPOS決済は、月間420万回以上行われています。POSを通じて集まるデータを利用し、大手小売ブランドへ予測分析ソリューションなども提供しています。

(4)50万以上の商品を扱うUdaan ショップオーナーにローンの提供も行う

出所:Udaanホームページ

企業名                  :Hiveloop Company Private Limited.

創業年                  :2016年

CEO                     :Vaibhav Gupta

拠点                     :デリー

Webサイト          :https://udaan.com/

インドの大型B2B消費財プラットフォームで、50万以上の商品を取り扱っています。加盟店はプラットフォーム上で会計、注文管理、支払い管理ソリューションを利用でき、同社は物流や安全性の高い決済方法も提供しています。

キラナショップは家族で運営され、地域に根付いているため資金調達を実施することは稀です。そのため、大きな投資や業務改革の機会にめぐまれないことを受け、Udaanは、サービス利用者であるキラナショップのオーナーに総額160億ルピーにものぼるローンを提供しました。ローン利用者の40%が今まで一度も金融機関からの資金調達サポートを受けたことがないと回答しましたが、180日以内に貸付額の99.8%が返済されたとのことです。

(5)期待のユニコーン企業 農村地域への物流に注力中のElasticRun

出所:elasticrunホームページ

企業名                  :NTEx Transportation Services Private Limited.

創業                     :2016年

CEO                     :Sundeep Deshmukh

拠点                     :プネ

Webサイト          :https://www.elastic.run/

ElasticRunはキラナ関連のテクノロジースタートアップで、2021年にユニコーン企業の仲間入りを果たしました。

Amazonの元幹部であるSandeep Deshmukh氏、Shitiz Bansal氏、Saurabh Nigam氏が設立した同社は、ソフトバンクとゴールドマン・サックスが主導して2021年度には3億3000万ドルを調達しました。都市部のキラナショップをターゲットとするSnapBizzに対し、ElasticRunは農村部の物流にフォーカスしています。「ディスラプティブ(破壊的)」よりも「コラボレーティブ」な物流ネットワークの拡充に注力し、農村部でも、都市部と同じ水準の安価な仕入れを実現しています。

なお、Eコマースにおいては、そのオンライン購買体験を変革するAI音声・会話システムが活用される新しい動きも出てきています。多言語国家であるインドにおいて独自に発展しつつあるAI音声システムの動向についてはこちらの記事をぜひご高覧ください。

5. まとめ:今後のキラナショップのDXに注目

1つ1つは小さい店でも、キラナショップ全体としての可能性は計り知れません。地域の、社会のインフラとしても機能しているキラナショップのデジタル化にビジネスチャンスを見出す企業も増えてきています。コロナによるオンラインショッピングの需要の高まりがキラナショップのデジタル化への追い風になっているとも言えます。

インド国内で卸売業やB2Cビジネスを手がける日本企業にとっても見逃せない存在であるキラナショップ。大手Eコマース事業者もキラナショップとの協業を積極的に行なっており、デジタル技術やデータの利活用によって、キラナショップを通じたビジネスの拡大や新たな価値創出が今後ますます期待されます。

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